大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

前橋地方裁判所 平成7年(ワ)201号 判決 1997年3月04日

前橋市<以下省略>

原告

右訴訟代理人弁護士

樋口和彦

東京都中央区<以下省略>

被告

新日本商品株式会社

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

肥沼太郎

三﨑恒夫

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、金一〇四二万九三一二円及びこれに対する平成六年一一月四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告と商品取引の受託業務を営む被告との間で、平成六年七月一三日から同年一一月四日までの間に行われた生糸及びゴムの先物取引(以下「本件取引」という。)に際し、被告は、その従業員を通じて、適合性原則違反・不適格者勧誘、説明義務違反・危険性不告知、断定的判断の提供等多数の違法行為を行って、原告に損害を被らせたとして、原告が、被告に対し、不法行為(民法七一五条、七〇九条)に基づく損害賠償金の支払を求めたという事案である。

一  争いのない事実

1  当事者

(一) 被告は、商品先物取引の受託業務等を目的とする株式会社であり、東京工業品取引所、横浜生糸取引所等の商品取引所に所属する商品取引員である。

(二) 原告は、被告群馬支店の顧客である。

2  取引の経緯

(一) 平成五年春ころから、被告群馬支店の男性従業員が、原告に対し、電話で数回の先物取引の勧誘を行った。

同年一一月、被告群馬支店の従業員B及び同Cは、原告方を訪れ、先物取引を勧めたが、原告はこれを断った。

平成六年二月一八日、被告群馬支店の従業員D(以下「D」という。)は、原告に電話をかけ、先物取引の勧誘をしたが、原告はこれを断った。

(二) 同年七月一二日、Dは、原告方を訪れ、原告に対し、グラフ様のものを使用して生糸の値を説明しながら先物取引の勧誘をしたところ、原告は、Dの求めに応じて約諾書に署名押印をした。なお、その際、Dは、原告に対し、受託契約準則及び商品先物取引委託のガイドを交付した。

原告と被告との生糸の取引は一〇枚から始まり、取引量は拡大していき、その後、ゴムの取引も始まった。

なお、原告と被告の取引内容は、別紙売買一覧表(生糸)及び同一覧表(ゴム)記載のとおりである。

(三) 同年一一月四日、原告代理人の指示により本件取引は終了した。

二  争点

本件取引に関して、被告群馬支店の従業員Dの行為について違法性が認められるか。

三  原告の主張

1  違法性

(一) 適合性違反・不適格者勧誘

商品先物取引は、そのシステムが複雑でこれに関する知識が一般的になっておらず、証拠金制度をとっているため危険性が高く、その相場は需要・供給のみならず政治、経済、為替相場等複雑な要因で変動するため、本来このような取引に投機家として参加する者は、自らの責任で相場の価格変動の危険を負担することに耐え得る資力と相場変動要因の的確な分析力を備える者でなければならない。したがって、商品取引員としては、資力や相場に対する知識がなく、複雑かつ危険性の大きい先物取引に参加する適格性に欠けている者か否かを判断して、適格性に欠けている者にはこの取引に参加させないように配慮する義務がある。

このため、全国商品取引所連合会(以下「全商連」という。)の「商品取引員の受託業務に関する取引所指示事項」(以下「取引所指示事項」という。)は、「商品先物取引を行うにふさわしくない客層に対しての勧誘」を不適正な勧誘行為として、社団法人日本商品取引員協会の定める「受託業務に関する規則」(以下「規則」という。)は、その五条(1)において、「経済知識、資金能力及び過去の取引経験からみて商品市場における取引の参加に適さないと判断される者を勧誘すること。」を禁止し、同規則七条を受けて策定された「受託業務管理規則」(以下「管理規則」という。)二条は、「委託者の保護育成を図るため」、年金により主として生計を維持する者は不適格者として先物取引の委託の勧誘をしてはならないとする。

原告は、この意味で何ら相場変動原因を知る術を持たず、これを知っても的確な分析をなし得ない全くの未経験者であり、生活資金に食い込むことのない余裕資金・資産を有していない者であり、何よりも年金生活者であり、先物取引の不適格者といわざるを得ない。

しかるに、原告の適格性を何ら顧慮することなく強引かつ執拗に先物取引の委託の勧誘をしたDの行為は違法である。

(二) 説明義務違反・危険性不告知

商品先物取引は、総取引金額に比して少額の委託証拠金をもってする取引であるところから、僅かな価格変動で多額の損失を受けることになり、投下資金が全く戻らないことがあるばかりか、理論上も実際上もその数倍の損失を受けることもある取引である。競馬・競輪等のギャンブルや株式投資とは比較にならない高度の危険性を有する取引である。しかもこの取引は一般にはおよそなじみのない専門的・技術的手法によって運営される高度に複雑な仕組みを有している。このような取引に参加することを勧誘する業者としては、その仕組み、相場性、為替相場の変動による危険性、その対処策等を十分に説明してその理解を得るべき信義則上の義務を負担するというべきである。

取引所指示事項1(3)も「商品先物取引の有する投機的本質を説明しない勧誘」を不適正な勧誘行為とし、規則五条(2)は、「取引の仕組み及びその投機的本質について、顧客に十分に説明をしないで勧誘すること。」を禁止し、管理規則四条は、「上場商品に対する知識及び情報収集の方法等基本的知識についての危険開示を行い、顧客の判断と責任において取引を行うことについて顧客に十分な自覚を促した上で参加を求めることとする。」と定めている。

しかるに、Dは、原告に十分な仕組みの説明と危険開示をせず、原告が先物取引についての基本的理解に至る前に本件取引を開始させたものである。

(三) 断定的判断の提供

商品先物取引にあっては、商品取引員は、顧客に対し、利益が生ずることが確実であると誤解させるべき断定的判断を提供してその委託を勧誘してはならない(商品取引所法九四条一号)とされるところ、Dは、原告に対し、「生糸の価格はこれからは間違いなく上がります。」、「確実に儲けられます。」との趣旨の発言を繰り返して断定的判断を提供し、原告の商品先物取引についての理解を妨げてむしろ誤解を誘導し、またその冷静な判断を妨げた。

(四) 新規委託者の保護懈怠、過大な取引

全商連の受託業務指導基準(以下「指導基準」という。)Ⅳは、商品取引員は、委託者の保護育成をはかり、そのための措置等を社内規則に具体的に定めこれを遵守しなければならないとする。管理規則六条は、「商品先物取引の経験のない委託者または商品先物取引の経験の浅い委託者並びにこれと同等と判断される委託者については三ヶ月の習熟期間をもうけ」、同期間内の取引量を相応の範囲内にすべきことを定める。この場合の相応の取引量の上限は二〇枚とされる。

また、管理規則九条(3)は、商品取引員に対し、「委託者の資金力・取引経験からみて不相応と判断される取引の抑制」を求め、規則四条も、「委託者の資産状況や先物取引等の経験等に照らし、明らかに不相応と思われる過度な取引が行われることのないよう、適切な委託者管理を行うものとする。」と定める。商品先物取引の投機的本質からすれば、そして委託者の冷静な判断力を保持する意味から、生活資金に食い込まない範囲での余裕資金をもってかつ予想外の損失に備えての資金を残しておくことを念頭において取引量を決定すべきものである。

しかるに、本件取引においては、平成六年七月一三日の取引開始から僅か一ヶ月余りの同年八月一九日時点での取引量はなんと生糸一二〇枚にも上っている。結局、同年一一月四日までの僅か四ヶ月弱の間に、取引総量五〇五枚、被告会社が利得する手数料だけでも三三三万四八〇〇円に上る膨大な量が取引されたのである。しかも、原告自身は少量の取引を希望していたにもかかわらず、Dは、「二〇枚から三〇枚で始めましょう。」、「五枚ということはないでしょう。」「まだまだ上がりますよ。あと二〇枚やりましょう。」などと言って、原告の意向と資力、経験には何ら配慮することなく一方的に取引量を拡大していったものである。

(五) 無意味な反復売買(ころがし)

いわゆる「客殺し」の典型的手法の一つに無意味な反復売買が挙げられるが、これにより委託者はたちまち多額の手数料を負担することになるので、もとより違法なものとされる。

指導基準Ⅳは不適正な取引行為の例として、「既存建玉を仕切ると同時に売直し、または買直しを行うこと、同一計算区域内の建て落ちを繰り返し行うこと等」を挙げ、指示事項二(1)は「委託者の十分な理解を得ないで、短期間に頻繁な取引を勧めること。」を不適正な取引行為と規定する。

また、農林水産省は、昭和六三年一二月二六日付通達「商品取引員の受託業務の適正な運営の一層の確保について」(農水・通産共同通達)に即し、商品先物取引の受託者事故の未然防止・委託者保護の強化・商品取引員の社会信用の向上を図ることを目的として、平成元年四月一日から「委託者売買状況チェックシステム」を導入し、また、同様の目的で通商産業省は、「売買状況に関するミニマムモニタリング(MMT)をそれぞれ導入し、監督官庁に対し、売買取引状況並びに特定売買(売又は買直し、途転、日計り、両建玉、手数料不抜け)比率を報告すべしとし、監督官庁が、これら特定売買の比率を全体の二〇パーセント以下に、また売買回転を月間三回以内にとどめる、手数料化率を一〇パーセント程度とする方向で指導することにしている。

しかるに、本件では、特定売買率、手数料化率、売買回転率のいずれもが監督官庁の指導基準を越えているように多数の無意味な反復売買がみられる。

(六) 両建

同時に買いと売りの双方が建っていることを両建という。相場が上昇傾向にあると判断すれば買いを建て、下降傾向にあると判断すれば売りを建てて利を求める商品先物取引において、同時に買いと売りとを建てるのは相場観の矛盾といえる。理論的にも一方の玉で利益が出ようとも他方でその分損が出るので、重複する分は取り引きしないのと同様である。異なるのは委託者が手数料を二倍負担することになる点だけである。

しかるに、本件では、生糸については最初から最後まで殆ど完全に両建状態が継続していた。

この両建は、Dが原告に対し、「(生糸の価格が)安くなっていますが、損をしない方法があります。」、「損を防ぎたければこれしか方法がありません。」などと欺瞞的説明をしてその旨信じ込ませてなされたものである。

(七) 向い玉

委託に係る取引と対当させて商品取引員が自己玉を建てる向い玉は、それが委託者との利害相反関係をもたらし、委託者の利益を害する危険が大である。ギャンブルで永久に勝ち続けるわけにはいかず数回のうち一回は負けるのが必定であるが、この理を利用して、一方で、損益にかかわらず委託者の取引量を拡大させていき、他方で向い玉を建てていけば、確実に「客殺し」に至らせ、その損失を取引員の利益とすることができるわけである。

そして、本件では、被告の全委託者に対する関係においてであるが、ゴム及び生糸のいずれにあっても各取引日における被告の売りと買いの枚数及び取引高が概ね一致ないし近似しているのである。

(八) 無断売買、一任売買

顧客の一定の事項について指示を受けずに委託を受けること、及び顧客の指示を受けずに顧客の計算で取引を行うことは禁止される(商品取引所法九四条三号、四号、同施行規則三二条、三三条三号、東京工業品取引所受託契約準則二三条(1)及び(2))。

しかるに、Dは、ゴムについては何ら原告の指示を受けることなく原告の名義と計算で取引を実行し、生糸についても、受託契約準則五条の委託の際の指示事項全部の指示を受けることなく取引を実行した。

(九) 薄敷・無敷

委託証拠金の制度趣旨は、かつてはもっぱら取引員が委託者に対して取得することがあるべき債権を担保するためとされていたが、近時はこれに加えて、過当投機を抑制して委託者を保護しようとする趣旨を積極的に有しているものとされる。したがって、被告は、委託者保護義務の一つとして薄敷・無敷を回避すべき義務がある。

しかるに、本件一連の取引の中には証拠金を取らずに又は証拠金不足のままされたものが多数ある。

2  責任原因

Dは、被告会社の従業員であり、同人の行った違法行為は、被告会社の事業の執行につきなされたものであり、原告はこれによって損害を受けたものであるから、被告は、原告に対し、使用者として、損害を賠償する責任を負う。

3  損害

(一) 先物取引による損害

被告は、原告に対し、右違法行為により、別紙損益金一覧表記載のとおり、八八九万三三一二円の損害を与えた。

(二) 弁護士費用

本件訴訟の着手金及び報酬としては、一五三万六〇〇〇円が相当である。

(三) 合計 一〇四二万九三一二円

4  過失相殺の否定

本件のように、業者が、委託者の軽卒を知り、もしくは容易にこれを知り得るのに、むしろこれを利用して勧誘し、売買をさせたような場合は、過失相殺はなされるべきではない。

四  被告の反論

1  「適合性原則違反・不適格者勧誘」、「説明義務違反・危険性告知」、「無断売買・一任売買」「新規委託者の保護懈怠、過大な取引」について

商品先物取引は危険性の高い、ハイリスク、ハイリターンの取引である。而して、商品先物取引のこのような性格は現在では常識といってよい。また、商品先物取引の仕組み自体は難しいものではなく、誰にでも理解できるものである。しかしながら、一般大衆は、商品先物取引における相場の変動要因(生産・需給関係、為替の動向、過去の値動き等)については詳しく知らないのが普通である。そこで、一般大衆が商品先物取引を始める場合、少なくとも当初は営業マンの相場観に全面的に依拠するのが普通であるが、右実質的一任売買は、顧客への個別的な連絡を全くしないで行う一任売買とは全く別個のものである。

原告は、「委託者保護」の観点から様々な主張をしているが、その根底には、「素人は投機、相場に手を出すべきではない。」、「素人には投機、相場取引を勧めるべきではない。」という価値観があると考えられる。しかしながら、高度化した資本主義のもとにおいては、必然的に投機は不可欠の要素をなしており、特に制度化された投機であるところの先物取引を論ずるには、経済史的及び経済学的検討を経たうえで資本主義に対する確固たる見識を持って論ずるべきであって、単に「委託者保護」という観点だけから論ずべき事柄ではない。もちろん、「一般大衆」が広く投機、相場に参加するようになれば、「一般大衆」の中で損を被る者が増えてくることは間違いない。しかし、そのこと自体は何ら問題とすべきことではない。なぜなら、個人に財産権が保障されたということは、いわば、「儲ける権利」も「損する権利」も保障されたということだからである。

先物取引における委託者の適格性という観点から端的にいうならば、一般社会人は原則的に適格者である。余裕資金が一〇〇万円しかない者はそれに見合う取引をすればよいことであるし、また、既に述べたように先物取引の危険性など現在では常識なのである。先物取引の適格者に関する原告の論調は、先物取引はごく限られた人間だけが行うべきものだというものであるが、そのような考え方は、先物取引は賭博ではしたないものであり一般人が行うのはできるだけ慎むべきだという価値観に支えられたものであるが、このような価値観自体が問題であることは既に述べたとおりである。

2  無意味な反復売買について

農林水産省は、通達により平成元年四月一日から「委託者売買状況チェックシステム」を実施しているが、このチェックシステムは、原告主張の如く「特定売買」に該当する取引方法が強い違法性を帯びているが故に、行政が顧客の建玉の内容(やり方)まで立ち入ってチェックする目的で実施されたものではない。

また、「利食い千人力」という相場格言のとおり、計算上の利益と現実の利益とでは全く質が異なるから、利益勘定となった買い(売り)建玉を仕切ると同時に再び買い(売り)玉を建てることは、その時点で現実の利益を確保した上で、更なる値上がりを(値下がり)を期待する相場仕法である。

原告は、同じような値上がり(値下がり)を予測し期待しているのであれば、わざわざ手数料を支払って利食いをせずに利益がもっと多くなったところで仕切ればよいではないかと主張するが、相場動向を確実に予測することはできないのであるから、未確定利益は一瞬にして損失に転じることもあるのであって、そのような意見は空しい観念論でしかない。

なお、本件では、生糸の取引においてはじっくり利益を狙うという方針が、ゴムの取引においては回数を多くして少ない利益を狙っていくという方針がそれぞれとられ、かつ、それぞれの方針に沿って各売買がなされているのであって、本件取引は自然かつ合理的なものである。

3  両建について

原告は、両建が相場仕法として不当なものであるかのような主張をするが、取引所自体がそのような考えを表明したことはないし、両建を禁止したこともない。

ちなみに、全商連の商品先物取引用語集には、両建につき「同一の客が商品取引員に対し同一商品、同一限月の売り玉と買い玉とを建てておくことをいう。これは建玉が一時的に損失計算となっても、投げや踏みによって退かなくてもいいように売り玉と買い玉の両方を建てて、一方の損失を食止め、適当と思うときに一方の建玉をはずして残った玉より利益を得ようとする売買戦法として行われる。また、同一商品取引員が取引所に対し同一商品、同一限月の売り玉と買い玉とを建てておくことをいう。」と解説されている。

このように両建は、取引を行う者が、損計算となった建玉を仕切って現実に差損金と委託手数料の額を確定させ、その時点において右債務を支払う義務を負担するのを避け、両建をすることによりあくまでその時点における計算上の差損金額を固定させながら、その後の相場の変動状況に沿って、相場動向をみながら少しでもよい条件で仕切ろうとする際に用いられる普通の売買方法の一つである。

4  無敷・薄敷について

委託証拠金は商品取引員が委託者に対して有する委託契約上の債権担保を主目的とするものであり、建玉時までに委託証拠金を預託するのを原則とする現行制度は、過当競争を抑制するという目的を持つものではない。

第三争点に対する判断

一  取引経過

証拠(甲一、三ないし五、八ないし一〇、乙一ないし二〇、証人D、原告本人)によれば、次の事実が認められる。

原告は、大正○年○月○日生まれの男性で、a商業高校を卒業後、漬物会社、b社等の勤務を経て、昭和六一年以降は、仕事をしていない。また、本件取引開始当時、原告は、自己の居住地のほかに小作地として賃貸している田畑等の不動産(平成七年度の評価額合計四一四九万八〇六二円)、約二三〇〇万円の預貯金、五〇〇〇株以上の株券を所有していた。なお、原告は、平成六年において、厚生年金等により三三三万二七八八円の所得を得ている。

Dは、平成六年二月一八日、株式名簿をもとに原告に電話をかけて、商品先物取引の勧誘をした。原告は、以前にも被告群馬支店の他の者から三回ほど勧誘があったこと、一回だけ面談したこと、その面談では息子があまりいい顔をしなかったので取り引きしなかったこと、自分の近くに商品相場で大損した人がおり商品相場は恐いという印象を持っていること、自分は農業をしていること、株は五〇〇〇株以上持っていることなどを話したが、年金で生活していることは話さなかった。Dは、生糸を勧めていたことから、生糸の値段を見ていて下さいということで話を終え、原告が年金を得ているかについては格段の調査、確認をしなかった。

同年七月一二日午前一一時ころ、Dは、原告に電話をかけて、生糸の値段が同年五月初めには九六四五円まで上がったこと、今は七〇〇〇円台まで下がってきていることを話し、買ってみるのも面白いと話し、委託証拠金や追証拠金の説明をした。これに対して、原告が、「どの位から取り引きできるのか。」と尋ねてきたので、Dは、「一枚五万円です。」と答えたところ、原告は、勉強のためにやってみようかと考え、「一〇枚位ならやってもいい。五〇万円は二時に取りに来てくれ。」と言った。

Dは、約束どおり同日午後二時に原告宅を訪問し、「約諾書及び受託契約準則」、「商品先物取引委託のガイド」を使用し、被告会社の便箋に書きながら商品先物取引の危険性、仕組み、流れ、立会時間、取引の委託についての手順、証拠委託金等の説明をし、契約関係書類を作成してもらった。その後、Dは、原告から五〇万円を預かったが、既に同日午後四時近くになっていたので、買い一〇枚は翌日の寄付で買うことになった。

同月一四日の午前中、Dが、原告に、電話をかけて、前場でストップ高になっていることを伝えたところ、原告は、喜んで、あと一〇枚買いたいと言ってきた。Dが、「ストップ高のときは買い注文が成立しないことが多い。」と話すと、原告は、その場合は翌日買ってくれと言ってきたので、Dは、一〇枚受注した。なお、証拠金の五〇万円は翌日現金で入金すると約束した。

同日午後、Dが、原告に電話で、五枚だけ買えたこと、残り五枚は翌日の寄付で買うことを伝えたところ、原告は、「五〇万円現金で入れると言ったが、第一勧銀の株一〇〇〇株でもいいか。」と言ってきたので、Dは、「それでいいが、それだと充用価格で一三七万円になり、最初に入れてもらった五〇万円が過剰となるので返還できるがどうするか。」と尋ねたところ、原告は、そのまま置いておいてくれと答えた。

同月一五日、被告本部長E(以下「E」という。)は、原告宅に株を預かりに行った。同日の夕方、Dは、原告に電話をかけて、この日の終値を報告し、二〇枚の平均の値段と下げた場合の追証ラインの説明をした。

Dは、同月一八日から毎日、原告に電話して、値段報告をし、順調に上がっていることを話した。そして、同月二二日午後、Dは、原告に電話をかけて、更に買うことを勧誘したところ、二〇枚受注した。証拠金の一〇〇万円は第一勧銀の株一〇〇〇株を入れるということであったので、同日、Eがこの株を預かった。

同月二六日夕方、Dが、原告に、順調に上がっていることを話したところ、原告のほうから、「あと一〇枚買ってみたい。証拠金は第一勧銀の株一〇〇〇株で入れる。」と言ってきたので、Dは、「それだと現金五〇万円が過剰となるがどうするか。」と尋ねたところ、原告は返金してくれるよう返答した。また、買い二〇枚については、翌日の値段を見て注文を出すということになった。

同月二七日、Dは、原告宅を訪問し、株を預かり、寄付の値段を報告した。そして、買い二〇枚は後場一節で出すことになった。

同年八月上旬ころから生糸の値段が下がりだし、同月九日、下がり基調が止まらないので、Dは、原告に電話をかけて、追証の危険牲があることを伝えた。原告が、「今追証がかかった場合、追証を抜けるのにいくら必要か。」と尋ねたところ、Dは、「株の充用価格が一三七〇円から一三〇〇円に下がっているので、追証を一回抜けるには六〇万円必要。」と答えた。原告は、「追証がかかってからせき立てられるのは嫌だ。追証がかかる前に予め六〇万円入れる。」と言ってきたので、Dは、翌一〇日、六〇万円を集金した。

その後も、下げが続いたので、Dは、原告に、その旨連絡し、両建にした上で、売建玉については細かく仕切って利益を出しながら、生糸に関してはかなり強力な上げ材料があったことから、いずれは上がるであろうという相場観のもと両建を勧めたところ、原告は、同月一九日に六〇枚の売建をし、両建にした。右両建により、証拠金が一五〇万円不足となったが、この一五〇万円は同月二二日に入金された。

同月二三日、Dは、原告に電話をかけて、値段が下がったので両建にしておいてよかった旨話した。

同月二六日、三〇日、三一日、原告は、利食いの注文を出した結果、買建玉五〇枚だけが残る状況になった。

同年九月五日午後一時ころ、Dは、原告に電話をかけて、セリを通しながら値段が上がっていることを話すと、原告は、「また、値段が下がるといけないので売りを五〇枚入れて欲しい。」と言ってきたので、Dは、これを受注した。このころから、それ以前とは異なり、少しの利益でも利食っていこうという話になった。

同月二〇日、Dが、原告に、生糸の値段を連絡したところ、原告は、「生糸の値段は最近余り動かないので損を挽回するチャンスがない。何とか挽回したい。」と言うので、Dが、「他の銘柄も考えてはどうですか。」とゴムを簡単に紹介したところ、原告は、「今月満期になるのが三〇〇万円ある。来月になれば、一〇〇〇万円できる。」と言うので、Dは、「とりあえず三〇〇〇万円位で焦らずにゆっくり考えていきましょう。」と話した。

同年一〇月一二日、Dは、原告に電話をかけて、「そろそろゴムでもやってみましょう、下げているので売りでいきましょう。」と勧誘し受注した。

同月一四日夕方、Dは、ゴムの取引の値段を報告すると共に、生糸も安くなってきたので、もう少し安値が出たときに買ったらどうかと話したところ、原告は、「七二〇〇円を割れた値段で買ったなら、以前の安値まで下げても追証がかからないので、売建玉を仕切って買いたい。」と言った。

同月一七日、Eは、原告に電話をかけて、取引の受注をした。

同月下旬、生糸の値段の下げが大きくなり出したので、同月二六日、Dは、原告に電話をかけて、追証の可能性があることを伝えた。また、ゴムの売建玉が一〇枚残っているので、これを損切りして余った証拠金を生糸に回したらどうかという話もした。原告は、「ゴムは損切りしたくない。生糸を一一五枚の両建にしたいが、それにはいくら証拠金が不足するか。」と聞いてきたので、Dは、「約六八八万円です。」と答えた。すると、原告は、最初現金で入金すると言っていたが、その後、「第一勧銀三〇〇〇株、大丸二〇〇〇株、西日本銀行一〇〇〇株、三洋電気二〇〇〇株とこれで足りない分の七二万円は現金で入金する。」と言ってきたので、Dは、一一五枚の売建玉を入れて両建にする注文を受けた。

同月三一日午後、Dは、原告に電話をかけて、入金予定を尋ねたところ、原告は、「株券は自分のものだが、証券会社に連絡したら、息子名義で預けてあるので息子でないと引き出せないと言われたから少し待ってくれ。」と返答した。

同年一一月一日、原告からE宛に息子が説明を聞きたいと言っている旨の電話があったので、Dは、同日夕方、原告宅を訪問した。Dが、説明したところ、長男Fは、「大体話はわかった。自分の口座が証券会社にあるかどうか確認してから引き出しの手続をとる。」と話した。なお、原告の息子が中座した際、Dは、原告から、ストップ安が来て、注文が抽せんで入らないところを入れてもらったということを強調して、株券の引き出しを強く言って欲しい旨の依頼を受けた。

二  違法性の有無

1  適合性違反・不適格者勧誘について

全商連の「取引所指示事項」が「商品先物取引を行うにふさわしくない客層に対しての勧誘」を不適正な勧誘行為としていること、社団法人日本商品取引員協会の定める「規則」がその五条(1)において「経済知識、資金能力及び過去の取引経験からみて商品市場における取引の参加に適さないと判断される者を勧誘すること。」を禁止し、同規則七条を受けて策定された「管理規則」二条が「委託者の保護育成を図るため」年金により主として生計を維持する者は不適格者として先物取引の委託の勧誘をしてはならないとしていることは当事者間に争いがなく、また、Dが本件取引を勧誘するにあたり、原告が年金を得ていることをについて格段の調査も確認もしなかったこと、原告の収入のうち主なものが年金収入であることは前記認定のとおりである。

しかしながら、前記認定のとおり、同時に、原告は、五〇〇〇株以上の株式と自己の居住地以外にかなりの価値を有する不動産を有しているのであるから、何らの資産もなく年金だけで暮らしている者とはその事情を異にする。しかも、原告は、Dに対し、自分の近くに商品相場で大損した人があり商品相場は恐いという印象を持っていること等の話をしているように、商品先物取引のもつ危険性をある程度承知しながらも、自己の有する資金の範囲内で勉強のつもりで取引を開始しているのであって、このことも前記認定のとおりである。

そうすると、右の事実関係のもとにおいては、Dが、原告の適格性を何ら顧慮することなく強引かつ執拗に先物取引の委託の勧誘をしたものとはいえず、したがって、適合性違反・不適格者勧誘に関する原告の主張は採用できない。

2  説明義務違反・危険性不告知について

取引所指示事項1(3)が「商品先物取引の有する投機的本質を説明しない勧誘」を不適正な勧誘行為とし、規則五条(2)が「取引の仕組み及びその投機的本質について、顧客に十分に説明をしないで勧誘すること。」を禁止し、管理規則四条が「上場商品に対する知識及び情報収集の方法等基本的知識についての危険開示を行い、顧客の判断と責任において取引を行うことについて顧客に十分な自覚を促した上で参加を求めることとする。」と定めていることは当事者間に争いがないが、前記認定のとおり、Dは、原告に対し、「約諾書及び受託契約準則」、「商品先物取引委託のガイド」を使用し、被告会社の便箋に書きながら商品先物取引の危険性、仕組み、流れ、立会時間、取引の委託についての手順、証拠委託金等の説明をしているのであるから、説明義務違反・危険性不告知に関する原告の主張は採用できない。

3  断定的判断の提供について

商品先物取引にあっては、顧客に対し、利益が生ずることが確実であると誤解させるべき断定的判断を提供してその委託を勧誘してはならない(商品取引所法九四条一号)とされている。

ところで、前記認定のとおり、Dが原告の担当者として、相場の先行き等に関して様々な助言をしてきたことは確かであるが、断定的判断を提供してその委託を勧誘したと認めるに足りる証拠はない。

なお、原告が本人尋問で述べるところも、結局、Dが断定的判断を提供したというものではなく、原告が概ねDの助言に従って取引を決断していったというものに過ぎない。そして、その結果として、原告がかなりの額の損失を出したことは間違いないが、結果的に損失が生じたからといって、その勧誘や助言が違法であるということができないことはいうまでもない。

したがって、断定的判断の提供に関する原告の主張は採用できない。

4  新規委託者の保護懈怠、過大な取引について

全商連の指導基準Ⅳが商品取引員は、委託者の保護育成をはかり、そのための措置等を社内規則に具体的に定めこれを遵守しなければならないとし、さらに、管理規則六条が「商品先物取引の経験のない委託者または商品先物取引の経験の浅い委託者並びにこれと同等と判断される委託者については三ヶ月の習熟期間をもうけ」、同期間内の取引量を相応の範囲内にすべきことを定め、この場合の相応の取引量の上限は二〇枚とされていることは当事者間に争いがなく、また、証拠(乙一五)によれば、被告会社の受託業務管理規則は、前記管理規則六条と同様の規定を設け、さらに、同社の「商品先物取引の経験のない新たな委託者からの受託に係る取扱い要領」によれば、「商品先物取引の経験のない委託者の建玉枚数に係る外務員の判断枠を二〇枚と定める。」、「当該委託者から右判断枠を超える建玉の要請があった場合には、管理担当班の責任者が審査を行いその適否について判断し、妥当と認められる範囲内において受託するものとする。」、「右の場合において、管理担当班の責任者は速やかに本社の総括責任者に調書を添えてこの旨を報告しなければならない。」、「本社の総括責任者は、報告事項についてその内容を再確認するとともに、必要と認められる場合には当該管理担当班の責任者に対し所要の指示を行い、当該委託者の管理に万全を期するものとする。」と規定していることが認められる。

ところで、前記のとおり、本件取引においては、平成六年七月一三日の取引開始から一ヶ月余りの八月一九日時点での取引量は生糸一二〇枚にも上っているが、証拠(乙三〇の一ないし三)によれば、Dからの要請を受けて、管理担当班の責任者であるGが審査を行いその適否について判断し、本社の総括責任者であるHに報告をしていることが認められるのであって、前記のとおり、原告はそれなりの資産を有していたこと、Dから値が上がっていること聞かされた原告が、積極的に二〇枚を超える取引を希望していたこと等をも総合考慮すると、保護期間内に本件管理規則の基準を超過する建玉がなされているからといって、直ちに本件取引行為が違法となるものではないというべきである。

したがって、新規委託者の保護懈怠、過大な取引に関する原告の主張は採用できない。

5  無意味な反復売買(ころがし)について

指導基準Ⅳが不適正な取引行為の例として、「既存建玉を仕切ると同時に売直し、または買直しを行うこと、同一計算区域内の建て落ちを繰り返し行うこと等」を挙げ、指示事項二(1)が「委託者の十分な理解を得ないで、短期間に頻繁な取引を勧めること。」を不適正な取引行為と規定していることは当事者間に争いがなく、また、証拠(甲一二、一三)によれば、農林水産省は、平成元年四月一日から「委託者売買状況チェックシステム」を導入し、監督官庁に対し、売買取引状況並びに特定売買比率を報告すべしとし、監督官庁が、これら特定売買の比率を全体の二〇パーセント以下に、また売買回転を月間三回以内にとどめる、手数料化率を一〇パーセント程度とする方向で指導することにしていることが認められる。

しかしながら、証拠(乙二五)によれば、右チェックシステムは、形式的には農水省所管の一二商品取引所に対する通達に基づくものであるが、実態は各商品取引所が会員自治規律として実施するものであり、農水省としては、このチェックシステムについては規制措置としては位置付けをしていないこと、右チェックシステムで排除を意図している具体的個別ケースは「先物取引の難しさと分かりにくさに十分精通していなかった委託者が、取引を行った結果、取引開始直後の、いわば若葉マークの段階で多大な損失を生じた場合」だけであることが認められる。

そうすると、特定売買率、手数料化率、売買回転率が監督官庁の指導基準を越えた場合に取引が直ちに違法となるものではなく、その違法性の有無は、右比率の程度に加えて反復売買がいかなる目的のもとにどのような態様で行われたか等をも総合考慮して判断すべきものと解される。

ところで、一般に、短日時に売直し、買直しをすることを禁じているのは、商品取引員が手数料稼ぎのために無意味な取引を顧客にさせることを禁ずる趣旨であるが、本件においては、ゴムの取引は、別紙売買一覧表(ゴム)記載番号1ないし同表番号4はいずれも平成六年一〇月一四日に仕切られ、同日、同表番号5及び同表番号6が売り直されているが、右の取引は利食いのために行われたものとみられ、また、同表番号7が仕切られた同月一九日に同表番号8が売り直されているのも、利食いをした上で、同日中に一旦ゴムの値が上がった時点において基本的には下げの傾向にあるという相場観のもと売り直したものとみられ、それなりに合理的な目的が認められる。しかも、その結果、それぞれの取引でそれなりの利益を上げているのであるから(仮にその目論見がはずれていたとしてもそれが直ちに違法となるものではないことはいうまでもないが)、右の取引は全く無意味な取引とはいえず、また、本件取引の全体をみても、Dが単に手数料稼ぎだけのために無意味な取引を繰り返したものと見受けられる節はない。

なお、原告は、右取引について、その後において、どうせ短期間で仕切るのであれば、それまで待ってから仕切ればよいと主張するが、相場は短期間で、場合によって一日のうちでも大幅に変化するものであるから、右主張は結果論に過ぎないというべきである。

したがって、無意味な反復売買に関する原告の主張は採用できない。

6  両建について

証拠(乙二六)によれば、両建は、同一の客が商品取引員に対し、同一商品、同一限月の売り玉と買い玉とを建てておくことをいい、取引を行う者が、損計算となった建玉を仕切って現実に差損金と委託手数料の額を確定させ、その時点において右債務を支払う義務を負担するのを避け、両建をすることによりあくまでその時点における計算上の差損金額を固定させながら、その後の相場の変動状況に沿って、相場動向をみながら少しでもよい条件で仕切ろうとする際に用いられる普通の売買方法の一つであることが認められる。

したがって、両建がなされていることが直ちにその取引の違法を意味するものではなく、相場の変動状況によっては、手数料上の不利益を考慮してもなお、両建として相場の様子をみることもあり得るところであり、右両建が不当な手数料稼ぎを目的とするものであるとか、これを利用して委託者の損勘定に対する感覚を鈍らせることを意図した場合に初めて違法性を帯びるというべきである。

ところで、平成六年八月一九日の段階で、別紙売買一覧表(生糸)番号1ないし同表番号5の六〇枚の買建玉と同表番号6及び同表番号7の売り建玉が両建になっているのを始め、生糸についてはかなりの両建関係が認められるが、前記認定のとおり、原告は、生糸の値が下げの傾向にあったため、両建にした上で、売建玉は細かく仕切って利益を出しながら、生糸に関してはかなり強力な上げ材料があったことから、いずれは上がるであろうというDの相場観を参考にして買い建玉は残して相場の様子をみることにしたことが認められるのであって、右両建が不当な手数料稼ぎを目的とするものであるとか、これを利用して委託者の損勘定に対する感覚を鈍らせることを意図するなど違法な目的を意図したものであるということはできない。

したがって、両建に関する原告の主張は採用できない。

7  向い玉について

取引所法九四条四号、同規則七条の三第二号は、「もっぱら投機的利益商品の追求を目的として、受託に係る売買取引と対当させて、過大な数量の売買取引をすること」を商品取引員に禁止された行為として掲げている。法令が右の規制をしているのは、投機的目的で過大な取引をし、相場がその思惑と違えた場合に商品取引員の経営の悪化を招くことになるので、そのような事態を回避すること、及び顧客の建玉と対立する向い玉が、商品取引員と顧客との利害を対立させ、商品取引委員が顧客の利益に反する行動に向かうおそれが生ずるので、そのような事態を回避することが目的と解される。

ところで、証拠(甲一一)によれば、被告の自己玉は、被告で取り扱っている委託玉及び自己玉の売り玉と買い玉が同数に近くなるように建玉されていることが窺われる。しかし、その自己玉の数量は、委託玉の数量に比べれば過大なものとはいえないし、顧客の全部ないし大部分の委託玉と対抗させているのではない。

さらに、向い玉が、顧客に対する不法行為を構成するためには、商品取引員たる業者あるいは担当者が、向い玉を行う一方で、積極的に顧客に損失を与え、顧客の損失のいわば反射的効果として業者が利益を獲得する目的を有していたことが必要と解されるところ、本件全証拠によっても、被告会社全体の営業実態は必ずしも明かではなく、被告の担当者Dが、被告会社の行っていた向い玉の実態につき、どの程度の認識を有していたかも、必ずしも明かではないから、被告の行為が違法であると断定することはできない。

したがって、向い玉に関する原告の主張は採用できない。

8  無断売買、一任売買について

商品取引所法九四条三号は「商品市場における取引につき、数量、対価の額又は約定価格等その他の主務省令で定める事項についての顧客の指示を受けないでその委託を受けること」を商品取引員に禁止された行為として掲げている。

ところで、前記認定のとおり、Dは、生糸のみならずゴムの取引に関しても事前に原告のもとに電話をかけ受注し、事後も値段を逐一報告しており、証拠(乙一六、一七)によれば、原告は、送付された報告書、計算書、残高照合書を確認していること、取引における損益状況を売買報告書で確認していること、原告は委託追証拠金の計算がおおよそできることが認められる。

なお、原告は本人尋問で「ゴムについては事前に話はなかった。」旨述べているが、右供述は前記認定事実及び原告はアンケートに対して「電話で即決即断の回答を要求されるので苦痛です。」と答えているように苦痛であっても原告自身が自ら決断していること自体は否定していないこと(乙一七)等に照らしてたやすく信用できず、他に本件取引が無断売買、一任売買であると認めるに足りる証拠もない。

したがって、無断売買、一任売買に関する原告の主張は採用できない。

9  薄敷・無敷について

前記認定のとおり、本件一連の取引の中には証拠金を取らずに又は証拠金不足のままされたものがかなり認められる。

しかしながら、右証拠金は主として商品仲買人が委託者に対して取得する委託契約上の債権を担保するためのものであり、右仲買人の地位を安定することにあるから顧客の要請に基づき、証拠金を徴収することなく取引を行ったとしても、そのことが直ちに委託者との関係で違法と評価されるものではない。

もっとも、委託証拠金制度が委託者において過当な投機に出ることを抑制する機能を有していることは否定しがたいけれども、右機能は間接的なものに止まるものと解される。

そうすると、右の証拠金不足の事実をもって、右売買が不法行為と構成することは認めがたく、したがって、薄敷・無敷に関する原告の主張は採用できない。

10  以上検討してきたところによれば、原告が主張するところの被告従業員の勧誘行為における違法性はいずれも認められず、したがって、それを前提とする被告の使用者責任も認められないというべきである。

第四結論

以上のとおり、原告の請求は、理由がないからこれを棄却することとし、よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山口忍 裁判官 高田健一 裁判官 藤原俊二)

<以下省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例